豊福 亮
Ryou Toyofuku

『行くや否や逃れ去る身体』

新潟   仁上家

 
箱庭円舞曲による演劇 『土足で上がり込む一族』

新潟のこの土地に辿り着くためには、いくつかのトンネルを潜り、やがて最後のトンネルを抜けると一面の棚田が広がる。道路から見えるこの風景は、山の高低が抜群の距離感を生み出しさらに棚田を美しく見せる。
しかし、この美しい風景は、いつまでもあるものではないらしい。
今年はこの新潟の廃屋に、『東京→新潟』の旅の終わりの目印となり、この道行きの物語のエンディングを迎えられる舞台を作った。その舞台の前には、人工の池を造り、そこへ雨水が流れ込み、やがて廃屋の裏の小川へ水が流れる仕掛けが施されている。この土地の自然と自然の間に自らの身体を通過させる。この土地に6年間という期間関わったこの制作が、この土地の一部となり自らの身体の痕跡を埋め込むように。

そして東京。

 

 
東京   大黒天

実は同じく6年ほどこの土地にかかわっている。
そしてここにはでに舞台がかまえられている。
その舞台の前に、美しくやがて消えていく棚田をイメージする作品を造る事は、存在の痕跡を埋め込んだ新潟と対照的に、その新潟の記憶を身体の内側に埋め込む制作である。
 
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